英国日記2
Broadway
2 入国審査
いよいよイギリスに到着という時、窓の外に見える町並みは外国に来たと
いう実感をわかせた。日本とは違い戸建ての家の並びは、調和がとれ奇麗
に揃っている。
空港に着くと、まず入国審査である。work permission もあるし、家族の
ための入国に必要な書類も揃っているし、何もなく通れるものだとたかを
くくっていた。旅行ガイドに載っている入国審査の型通りの英語が出てく
るものだと思い、どのように答えるかも決めていた。ところが、審査官の
口からは、全く予想もしてなかった言葉が返ってきた。最初はなんといっ
ているのかもわからなかったが、どうやら work permissionの期限が切れ
ているというではないか。向こうの大学から送られて来たものだから僕と
しては確認すらしていなかった。どうやら、work permission は、入国前
4ヵ月以内に発行されたものである必要があったようだ。
向こうの大学は、親切にも早めに手続きをして当方に送ってきてくれたも
のだから、日本にいる間に有効期限が切れてしまったらしい。こんなとこ
ろで、せっかく来たイギリスから日本に送り戻されたら大変である。見送
ってくれた人に合わせる顔がない。そこで、大学当局に連絡をしてくれと、
片言の英語でいってはみたものの、まだ朝の6:30位である。困った顔をし
ていると、ちょっとまってろといって審査官は奥に入って行ってしまった。
家内と娘の方は無事審査がすんでゲート先から心配そうにこちらを見てい
る。2人だけ入国できても僕がいなければ、こちらで生活できないという
思いに違いない。しばらくして、審査官が出てきて、あそこの2人は連れ
かというので、そうだと答えると、きっと子供が小さかったので、出国が
予定より遅れたのだねと解釈してくれ、どうにか入国を許してくれた。瑛
美様さまといったところである。もし、小さな子どもがいなかっらた、ど
うなっていたことやら。 イギリスは、アメリカほどでないにしろ
外国からの移民が多く、今はそれを警戒して入国に関してはかなり厳しい
ということを後で知った。
空港のロビーに出ると、朝早いのにもかかわら
ず、当時、ロンドンのイペリアルカレッジに来ていた山梨大学の川村先生
が出迎えてくれた。(もっとも、日本を出るときに頼んではいたのだが)
川村先生の案内で、バスに乗りヒースローからロンドンに向かった。な
にしろ初めての外国であったので、見るものすべてが新鮮であった。奇麗
な町並み、古い建物、大きな公園、川村先生はその都度説明してくれるの
であるが、その時はどこをどう通っているのか全くわからなかった。
どのくらいバスに乗ったのかは覚えていないが、ロンドンのユーストン駅
に着き、我々はそこで下車した。ここからは、川村先生と別れて鉄道でミ
ッドランド地方にむかう。 切符売り場でコベントリーまで、大人2枚と
言ったのだが、売り場の女性には通じないらしい。あとで川村先生に聞い
たところでは、かなりアクセントを強めに発音しないといけないらしい。
おはずかしいながら、こんな英語のやりとりは、イギリス滞在中よくあっ
た。たとえば、あとでも述べるつもりだが、イギリスの南西の一番端に
「ランズエンド」という、日本語で言えば「地の果て」と呼ばれるところ
がある。そこに旅行したのだが、なかなか良かったので、帰ってからイギ
リス人に「ランズエンド」に行ってきたと話をした。ところが、どうも話
がちぐはぐなのである。相手は僕が「ロンドン」に行ってきたと聞き違い?
をしていることがわかった。「ロンドン」でなく、「ランズエンド」だと
いってようやくわかってもらえた。日本語では、「ランズエンド」と「ロ
ンドン」では間違っても聞き違えることはないように思えるが、「ランズ
エンド」のアクセントが「ロンドン」に近かったに違いない。もしかする
と僕が「ロンドン」と発音するよりも「ランズエンド」と言ったほうが、
本当の「ロンドン」の発音に近かったのだろうか?
いずれにしても、鉄道にどうにか乗り込むことができた。
Nottinghum