英国日記3


3. アコモデーション

さて、ロンドンからコベントリーまでの列車のことは今となっては あまり覚えていない。覚えているのは、小さな子供(瑛美はまだ歩 けなかった)を連れて、大きな荷物を持って駅の階段を四苦八苦し ながら降りていたら若い男の人に手伝ってもらったということぐら いである。イギリスでは駅は町のはずれにあるのが普通で、ロンド ンは別として地方の町の駅前はひっそりしている。日本は駅を中心 に町が発達するのであるが、イギリスは教会が町の中心にある。日 本流に言えば、イギリスの町のほとんどが門前町なのである。
コベントリーの駅から和光先生を通して紹介されていたyさんのお宅 に電話して迎えに来てもらう。
yさんは、これから2年間住む大学のすぐ近くに住んでいる日本人で、 旦那さんはローバーという自動車会社に勤めておられる。今思えば、 われわれのイギリス行はいろんな人に迷惑をかけながらの旅であった。 10分くらいでyさんの車が駅に到着してイギリスの中の日本人というこ とで、互いにすぐわかった。簡単な挨拶をかわしたあと、車で大学の 入り口まで連れて行ってもらった。ところが、大学に着いたはいいが、 大学のどこに行けばいいかがわからない。物理学科の建物もわからな いといった始末である。ウォーリック大学は、ちょうど筑波大学くら いの広さがある。ようやく守衛さんのところで、物理学科の建物を聞 き共同研究をすることになっている Stauntonにも連絡をとってもらっ た。物理学科の入り口を入ると Stauntonが出迎えてくれた。彼女は、 ぼくとほぼ同年代の小柄な女性物理学者である。まずは、住むところ をということで、アコモデーションオフィスに案内してもらう。
このアコモデーションオフィスは、学生宿舎をはじめとし、我々が住 む外国人スタッフ用の宿舎などの管理をすべて行っている。日本を出 る前にアコモデーションオフィスとは、契約をしていたので、すんな り入居することができた。宿舎は大学の敷地に隣接していてその間に 道が走っている。
クライフィールドの外観と子供たち
家は全部で、13家族がすめるようになっている。赤い煉瓦造りの家 で、日本でいうテラスハウスのように隣とはつながっていている。部 屋は、1階にリビングとダイニングキッチンとトイレ、2階に10畳 くらいのメインベットルームと6畳と4.5畳位のベットルームそして、 バス、トイレといった間取りである。ちょうど日本で住んでいたとき と同じくらいの広さであった。我々が、入居した時は、日本人家族は 我々以外はいなかったのだが、後から数家族が入れ替わり立ち替わり 入ってくることになる。東京から着た家族の人達は、決まって、ここ のアコモデーションが広いと感激するのであるが、他の外国から来て いる家族は狭い狭いといっていた。さて、家の周りの環境や住みごご ちなど話すことは山ほどあるのだが、それは次以降にする。
York
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