英国日記33
Warwick
クライフィールドの住民達(その2)

大学の外国からのスタッフ用の宿舎、クライフィールドコテージズには常に 10世帯以上の外国人が住んでいた。多くは半年とか1年であるので、 都合2年間いたわれわれはクライフィールドのぬし的存在となった。その 2年間にであった住民の方々を思い出すままあげて行って見よう。
簡単な ところからまず日本人からはじめよう。労働省のSさん一家、瑛美と同じ くらいの赤ちゃんがいたので、瑛美のよき遊び相手。今は埼玉に住まわれ ている。日立のKさん。やはり女の子(瑛美よりは 2、3才年上でさよちゃん)がいて、よく瑛美の遊び相手になってくれた。 旦那さんは僕と同じ年でテニスをずいぶん教えていただいた。一緒に遊園地 などにも行った。国立に家を新築中ということで、イギリスでかっこいい 表札などを注文していた。われわれも日本に帰ってからいちどおじゃまさ せていただいた。
われわれが来て10か月目に松山大学のM先生、山形大学の O先生が来た。Mさん一家は男の子が2人で瑛美よりもずっと大きい。 Mさんもテニスがとても上手で教えていただいた。Mさんとはあとでお話し するウェールズへの旅行を一緒にした。Oさんは、学生時代にウォーリック に留学していたそうで、我々など足元にもおよばないほどイギリス通である。 Oさん一家は夏だけの短期滞在であったが、いろいろと教えていただき親し くおつきあいさせていただいた。日本に帰ってから 仙台に用があったので、そのときにお宅におじゃまさせてもらったが、すごい 豪邸にお住まいで、うらやましい限りであった。Oさんに日本から来ている 慶応の学生さんたちも紹介された。
東京電機大学のT先生。やはり女の子のお 子さんがいて(もえちゃん)瑛美の良き遊び相手であった。8ミリビデオが ご趣味のようで瑛美らの8ミリを記念にいただいた。そして、つくばの計量 研のNさん。実は我々の住んでいた松代にお住まいで、しかも瑛美と同じ年の 女の子がいる。家内同士はつくばでも顔くらいは知っていたようである。 世の中狭い。TさんとNさんは、我々がイギリスをたったあともイギリスにい たので、我々を見送ってくださった。
そのようなわけで、我々が来た当時は 1家族もいなかった日本人家族であるが、われわれの来たあと2年間には常 に2家族以上の日本人家族がクライフィールドで暮らしていた。これは他の 国では無いほどの多さである。このほかにもクライフィー ルド以外でおつきあいしていただいた日本人家族の方々も多数おられるが、それは またあとでお話ししよう。

さて、日本人以外の住民はどうだったかというと、 はじめの方でお話しした、オーストラリアからのスミスファミリー、インドから やはり物理を研究にきたファミリー、南アフリカ、アメリカ、パキスタン、中国 ブラジル、ギリシャといった感じであった。インディアとブラジルは最初の ファミリーが帰国すると別のファミリーが入居してくると言った感じでやはり、 常に1家族はいた。ブラジルから来た2番目のファミリーは瑛美と同じくらい の男の子(ブレーノ)がいて、amy、amyといって、よく遊びに来た。
そのほか 夏休みを利用してアメリカのシンシナティーからJulieのところに来たピンス キーファミリー。同じ研究分野なのでいろいろ教えてもらったが、子供たちが 男の子3人で、奥さんが肝っ玉かあさんといった恰幅のいい人であった。われ われとピンスキーの家族でJulieの家に遊びにいったりも した。また子供たちは瑛美よりは大きいが、良き遊び友達にもなってくれた。 日本だと年下の子供たちとはあまり遊ばないが、外国では、必ず小さな子供 でも誰かが面倒を見ながら一緒に遊んでくれる。そういう点では大人なので ある。
ピンスキーファミリーの3人のガキ共は、活発であるがなかなかおも しろい。ある夏の日、6時過ぎても外は明るいので、クラーフィールドの住 民を中庭に招待してくれた。何が始まるのだろうと思って見にいくと、子供 たちで劇をしだしたのである。もちろん瑛美も参加している。 いつの間に練習していたのだろうかと思うほど、おもしろおかしくでき上 がっていた。ハロウィンの時も子供たちはいろいろな仮装をして楽しんで いた。そんなわけで、クライフィールドは子供たちにとっては天国のよう なところであった。
ニュージーランドから来ていたファミリーは3姉妹であったが、瑛美より もずっと年上であるにもかかわらず家族そろって瑛美のことをよく面倒を みてくれた。瑛美のためにと童話を英語で朗読してテープに録音してくれ、 最後に家族全員が瑛美にメッセージをいれたりする。そんなわけで、瑛美 を通じて親しくしていただいたことも多い。
中国から留学してきている人達は、単身で来ている人が多いが、家族で来 ている方がそういう点ではいろいろな出会いがある。それでも我々は、 よく中国の人を家にご招待して中国料理を教えてもらったりもした。我々 男性は昼間は大学にいって、クライフィールドの人達との接触は少ないが、 奥さん方はときどきお茶をして親睦を深めていたようである。 そういう点は洋の東西に関係ないのであろう。

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