英国日記42

うどんといか飯
夏になるとクライフィールドのコテージに短期で滞在する
家族が数家族ある。その中には直接大学に用があるわけで
はないが、ホリデーとして過ごしていく人達もいるようである。
つまり、大学側も夏の間は空いている宿舎を一般の人にも
貸して儲けているのである。また、この時期、短期の語学研修
のためのバスがウォーリック大学に来るが、そのほとんどが
日本人女子である。
さて、夏の休暇も終わり、再び大学での研究を再開した。前にも
話したが、大学にクーラーなどはない。かといって日によっては
やはり暑い日もある。それでもからっとしているので、蒸し暑くは
ないのであるが、日本からもっていった扇子が重宝した。
夏は夜遅くまで明るいから子供たちも夕食の時間になってもなかな
か帰ってこない。そのたびに迎えにいったり、逆に迎えにきたりする
わけである。しかし、子供が遊ぶといってもコテージの中なので、
そういう点では安心である。また迎えにいったり、向こうが来り
することで、親同士のコミュニケーションもできることになる。
娘の瑛美の遊び相手は、ブラジリアンの男の子や、インディアの
子供達、ニュージーランドからのお姉さん達、そして日本の子供達
であるが、日本語と英語を使い分けてうまく遊んでいる。(もっとも
日本に帰ってきてからは英語の方はすっかり忘れてしまったようだが)
ところで、夏の期間だけ日本人家族のOさん一家がクライフィール
ドに滞在した。Oさん一家のことはすでに述べたが、かつてウォーリッ
ク大学に留学していて、イギリスでの生活はなれたもののようである。
我々は、ウォーリックで日本人を見かけるとすぐにコンタクトをと
ろうとしてしまう。というのも我々が来たときは日本人が誰もいなく、右
も左もわからなかったわけであるが、yさん一家からの情報がとても役に
たったという経験がある。そこで、親切心からつい声をかけてしまうわけ
である。また外国にいると、やはり日本人同士の情報交換は重要でもある。
ある日、OさんやKさんを家に招いて持ち寄りで昼食会をした。(
日本人同士で時々食事会をした。もっとも男にとっては飲み会で
もあるのだが)そこで、わが家ではうどんを作ることにした。という
のも小麦粉なら簡単に手にはいるがそば粉は無理である。一度もうど
んなどは打ったことがないが、今度打って見ようと思って、イギリス
のパイシートを作るまな板(?)と延ばし棒(?)を買って
あったからでもある。適当に小麦粉を水でといてしばらくねかせて
からうどんを打つわけである。多分、日本で作ったらおいしくない
かもしれないが、日本食に飢えているイギリスでは、失敗作でもお
いしく感じる。うどんの方は、手打ちだけあって太いの、細いの、
短いのとさまざまであったが、まあまあ食べれた。うどんの場合、
麺もさることながらつゆが作れない。イギリスではつゆの
素などもないし、みりんもない。かつを節は日本から送って来たも
のがあったので、これでだしをとり、砂糖と醤油で味付けをした。
日本食というとKさんからイギリスで「いか飯」の作り方をおそわ
った。近くのスーパには、いかが売っているのである。その小ぶ
りのいかを買ってきてわたを出してよく洗ったあとにご飯をつめ
て蒸すのである。この後も何度かわが家ではいか飯を食べた。
イギリスではロンドンでなければ、寿司などは食べることはできな
い。新鮮な魚が手に入らないからである。われわれは、スモークサ
ーモンで寿司のまねごとをして満足したり、カッパ巻を作ったりも
した。そもそも海老なども大きめのものはイギリスのスーパでは手
に入れることができない。これは、中華材料店に行って箱に入った
冷凍ものを買ってくるのであるが、それを解凍するのが
一苦労である。冷凍といっても氷ずけの様なもので、水で融かしな
がら一匹づつ分けていく。いっぺんに使うわけではないので、ふた
たび、ばらした海老を冷凍庫にしまいこむ。
今、考えて見るとこのように材料に苦労しながらも日本のなつかし
い味を作り出すというところにも喜びと楽しさがあったように思う。
日本に住んでいると簡単になんでも手に入ってしまうので、その有
難みがわからないが、このような経験も良かったと今では思っている。