英国日記50


ストラスブール(その3)

国際会議2日目には、会議に一緒に来た奥さんがたのためのツアーがあ る家内と娘もそれに参加した。なかなか楽しかったようである。かの大先 生の奥さんも一緒だったようで、やはり同じ日本人同士でいろいろと助けあ ったようである。さて、僕の方は朝から磁性のセッションで発表を聞いてい た。フランス人の女学生らしき発表に容赦ないアメリカ人の質問や、丁寧な 質問をするイギリス人など、それだけを見ているだけでも面白い。
ちょうど僕のすわった席のすぐ近くに日本人らしき、しかもまだ童顔の 残る人が座っていたので、休憩時間に話しかけて見た。案の定、やはり 日本人であったが、顔の割には、年もそこそこ、僕と同じ位かもしれない。 彼はNECに勤めているYさんであった。この会議のあとドイツに留学する ことになっているとのことであった。同じセッションということもあり、 この後も彼と行動をともにすることが多かった。
昼、昨日と同じく食券をもって食堂でYさんとならんでいる と、昨日の超伝導のHさんにまた会い、YさんにHさんを紹介し3人で一緒 に食事をする。午後は、道をはさんだ、パビリオンで行っているポスタ ーセッションの会場に行って見た。というのも明日はそこで発表するので、 その下見も含まれていた。Yさんをさそって会場に行くと、そこには飲み 放題のビールが用意されている。 昼間からみんなビール片手に物理の議論をしている。われわれもさっそ くビールをもらい、興味ある発表を見て廻った。ここで、物理の話をし てもしようがないので、学問に関することははぶくことにしよう。
さてその日の夜は、Yさんを誘ってわれわれ 家族と4人で夕食をとることにした。彼は、会社から旅費が支給されて いるとのことで、泊まっているホテルも我々よりもいい。ストラスブー ルの中心の繁華街で一件のレストランに入って、ライスと鳥の煮込みを たのんだ。いかにもドイツ的な素朴な料理であったが、これが何ともい えずおいしい。外国で、おいしいと感じたライスを使った料理は中華料 理を除けば、このときに食べたもの以外にはお目にかからなかった。 この日の夕食は結局、yさんがおごるというので、おことばに甘えるこ とにした。
さて3日目の午前中は自分の発表である。多少緊張感もあるが、ポスタ ーセッションということで、気が楽である。とはいってもこれなかった Julieの分も含めて2ヵ所をかけ持ちである。準備をしたが、どちらに いればいいのやら。途中で、他の発表の話をも聞き廻っていたら結局、 自分の所にいたのはほんのわずかであった。 そのような発表の場もかなりあって、ポスターは張ってあるが、肝心の 説明してくれる人がいないといった感じである。
その日の午後はエクスカーション(遠足)になっていて 数台のバスでストラスブールの近郊を観光する。ワイン製造所や古い村 などをめぐって最後に晩餐会である。帰りは、ホテルの方向によって バスが出ている。結局宿に戻ったのは9時近くであったが、家内と瑛美 は適当に夕食をすませていた。 4日目の学会最後の日は、午前中、いくつかの発表を聞いて、午後はホ テルにもどって家族とストラスブールの町を見ることにした。 まだ僕自身は見ていなかった、キャシードラルをみたり、小フランスと 呼ばれる町並みを見て廻った。
ストラスブールの建物
ストラスブールの町は中世の面影を残す古い建物もかなり残っている。 たとえば、木の彫刻の施された建物の外壁も精巧にできていた。 その一方で、ECの会議場のような近代的な建物も混在している。 この町は一時、印刷を発明したグーテンベルグ が住んでいたということで、彼の名前のついた広場とそこに、銅像も あった。さてそのあとわれわれは、バスに乗って、ライン川をわたり、 ドイツ領にも行って見た。帰りは、歩いてユーロップ橋 を渡ってフランスに戻ってきたが、検問所でパスポートにしっかりスタ ンプを押されてしまった。再びストラスブールの町に戻って、こんどは、 船での遊覧を楽しんだ。
というのもストラスブールの町はまわりを川で囲まれているのである。 その船でやはり会議に来ていたソニーのTさんにであった。かれはその とき撮ってくれた写真をWarwickのイギリスの住所にあとで送って来て くれた。最後のストラスブールの滞在も なごりおしいまま、次の朝、再びパリに列車で向かった。


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